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東京地方裁判所 昭和51年(行ク)31号 決定

東京都世田谷区経堂二丁目二七番一八号

原告

大塚喜啓

右訴訟代理人弁護士

安田叡

坂本福子

東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号

被告

北沢税務署長

右指定代理人

野崎悦宏

海老沢洋

吉田和夫

杉本武

右当事者間の昭和四九年(行ウ)第七七号、第七八号、第七九号課税処分等取消請求事件について、原告から文書提出命令の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  原告は、「国税不服審判所長は国税審査官川合達雄が作成した原告の昭和四一年分、同四二年分及び同四三年分の所得税の各更正に対する審査請求の審理に係る調査結果を記したメモ類を添付した議決書綴り一切を提出せよ。」との裁決を求め、その理由として、右文書は民事訴訟法第三一二条第三号前段に該当するので、本申立てに及ぶと述べた。

二  よって、判断するに、本申立てに係る文書のうち、川合審査官作成のメモについては、証人川合達雄の証言によれば、右メモは、川合審査官が原告の昭和四一年分、同四二年分及び同四三年分の所得税の各更正に係る審査請求について審査事務を担当し、原告方へ臨店して調査した際、原告に発した質問内容や原告から提示を受けた資料など当時のことをメモ書きした文書であることが認められる。そうすると、右メモにより原告の地位、権利又は権限が直接明らかにされるものとは認められないから、右メモは民事訴訟法第三一二条第三号前段にいう挙証者の利益のために作成された文書には該当しないものというべきである。

次に、本申立てに係る文書のうち、右メモ以外のものについては、議決書綴り一切という以上には特定されていないから、それらの文書の中に民事訴訟法第三一二条第三号前段に該当する文書が含まれているか否かを判断することができない。

よって、原告の本件申立ては、この点において、すでに理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 管原晴郎 裁判官 成瀬正己)

〔参考一〕 文書提出命令申立に関する補充(申立人)

一 文書表示の補充

証人川合達雄の証言記録、陳述要旨部三九丁目に明らかな如く、証人が原告の昭和四一年、四二年、四三年、所得税調査に関し、調査結果をしるしたメモ類を添付した議決書つづり一切。

二 文書提出義務に関して

国税不服審判所は、原処分の理由に対する審査請求人の主張を中心とし、双方が主張と証拠を提出し合い、原処分の適否が判断され、原処分庁とは独立の機関とせられる。

しかして、審査請求人は、原処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることもでき、その制度は、本質において納税者にとっての救済機関としての性質を有する。

よって、国税不服審判所が、原処分の適否に関する調査結果をまとめた文書は、資料箋メモ類を含め、審査請求人の利益のために作成されたものというべく、その調査結果が、行政訴訟における事実調べの争点たる限り、これを提出する義務を有するものと解される。

〔参考二〕 準備書面(申立人)

一 文書提出命令申立に対する被告側主張に対する反論

(一) 被告は国税不服審判所長に対する、調査官川合達雄作成の議決書つづりを、被告とは無関係な文書であり、提出命令の対象たり得ない旨主張するが、民訴法三一一条、三一二条は相手方が所持する文書に限らず、第三者が所持する場合を含み、国税不服審判所長が第三者たることは明らかであるが、右の理由をもって、国税不服審判所が提出命令を拒み得ないことはいうまでもない。

(二) しかして、法三一一条の「文書」とは、意思表示を記載した文書、処分証書のみならず、「それ自体は文書の内容をなさない一定の事実の観察の結果を報告として記載した文書」、報告証書に分類することができ(菊井、下三三四頁)、調査報告書、計算書等は後者に属する。本件での川合調査官作成の、国税不服審判官の、裁決に当っての基礎資料となった議決書つづりは、右の調査報告書類に該当し、提出命令の対象たる文書たること、明らかである。

(三) 被告は又、審判段階での調査結果は何ら、本件での審理対象になり得ない旨主張するが、原告の各課税年度での所得の存否が、本件口頭弁論終結時までに提出せられた全資料に基づき、判断せられるとすれば、審判段階での調査結果を、原告が必要な限りにおいて本公判廷において提出し、有意な立証をつくろうとするのは当然のことであり、さればこそ、被告も川合調査官を証人申請し、調査経過を証言せしめているものであって、被告の主張は暴論という他ない。

(四) 又、被告は議決書つづりが、単なる内部資料にすぎない旨、主張するが、文書提出命令申立の中で、報告文書たる性質を有する商業帳簿、計算書等も、このような論理でいけば、所持者にとっては、内部資料にすぎないこととなり、提出命令は外部に発表することを予定して作成した文書のみに限られてしまうこととなり、かかる主張は法三一一条、三一二条の法意をあやまるものである。

(五) ところで法三一二条三号の挙証者の利益のために作成された文書とは、後日の証拠のために作成せられた文書であって、これは挙証者の利益のためだけでなく、他人の利益のために作成されたものを含む(兼子、条解上、七九三頁)。

しかして、本件での議決書つづりは裁決の基礎資料として、不服申立をした挙証者(原告)だけでなく、課税庁たる被告にとっても利益になり得る文書であることはいうまでもない。裁決書の基礎となった右文書は原被告双方にとって利益となり得る性質を有する文書であって、同条三号に基づき、提出を求め得るものである。

以上

〔参考三〕 原告の昭和五一年四月五日付け文書提出命令申立に対する意見書(相手方)

原告は、「国税不服審判所審査官川合達雄作成に係る原告の昭和四一・四二・四三年分の所得税調査に関し、調査結果をしるしたメモ類を添付した議決書綴り一切」の提出をなすべきことを申し立てている。

しかし、右申立ては次の理由によって理由のないものである。

一 被告は本件文書の所持者ではない。

本件文書は、原告の主張自体から明らかなように国税不服審判所に存在するものであり、被告税務署長はこれを所持していない。

二 特定性を欠くものである。

文書提出の申立てに当たっては、提出を求める文書が特定されることが必要である(民訴法三一三条一号)。この文書の表示としては、日付、作成者標題等によって文書の特定性を明確にすることを要し、他のものと一括して綴じ込まれた文書ならば、そのどの部分かを表示しなければならない。しかるに、原告は単に「調査結果をしるしたメモ類を添付した議決書綴り一切」というのみである。これでは、どのような文書の提出を求めるのかその特定を欠くものといわなければならない。

三 本件審理につき本件文書提出の必要性はない。

本件文書は、本訴における更正処分の違法性の存否とは無関係な文書である。

そもそも、本件文書は、本件更正処分後の審査請求段階において収集整理された文書である。

ところで、課税処分の取消訴訟における訴訟物は、当該処分において認定された所得が客観的に存在するか否かの点に存するのである。

したがって、課税標準等がその内容において適法であることについては、課税庁は自らの認定計算した課税標準等が真実のそれを超えていないことを訴訟上、口頭弁論終結時までに収集された資料をもって主張立証すれば足り、原告は訴訟上提出された右資料(証拠)を攻撃すれば足りるのである。

されば、更正処分時に収集整備された文書も、通常の場合、課税処分の取消訴訟における更正処分の違法性の存否とは無関係となる。いわんや、審査裁決時の審査庁の認識判断は更正処分に対する処分後の一時期における単なる歴史的事実であるに止まるから、本件更正処分の審査裁決時の認識判断の基礎として審査手続において収集整理された本件文書は本件更正処分の適否を判断するに当たって無関係なものというべきである。

四 本件文書は民事訴訟法三一二条三号前段に規定する文書には該当しない。

すなわち、同条三号前段「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、挙証者の地位や権利権限を証明し、又は、基礎づけるために作成された文書であって(たとえば、身分証明書、授権書、同意書、契約書等)、当事者間において後日の証拠とする等挙証者の利益のために作成された文書をいう。ところで、本件文書は、国税不服審判所長が、原告の審査請求に際して、その審理の資料に供するために、自ら調査収集し、あるいは、その結果を整理したメモを含む種々様々な記録の綴りであって、審査庁内部における行政事務執行上の便宜上作成された内部資料にすぎず、挙証者の利益のためという主観的な意図は全くないので、本件文書は同条三号前段に該当しない。

五 よって原告の本件申立ては理由がなく却下されるべきである。

〔参考四〕 文書提出命令申立に対する意見書(二)(相手方)

被告は、原告の昭和五二年三月一七日付け準備書面に対し、次のように反論する。

一 本件文書は民事訴訟法三一二条三号前段に規定する文書には該当しない。

被告は、本件文書が民事訴訟法三一二条三号前段に規定する文書に該当しないことにつき既に昭和五一年一二月一三日付けの意見書において主張したところであるが、更に次のように補足して主張する。

すなわち、原告は、本件各課税年度での所得の存否が口頭弁論終結時までに提出された全資料に基づき判断するのであるから必要な限り審判段階での調査結果を公判廷に提出し、立証するのは当然のことであると主張する。

原告の主張の趣旨を忖度することができないが、民事訴訟法三一二条に規定する文書提出命令の制度は、挙証者のため、反対当事者や第三者の手中にある書証を裁判所の命令によって利用させようとするものであって、当事者主義の極めて重大な例外の一つである。しかも、右提出義務に違反した場合には制裁を課する建前をとっている。それ故、当該文書の提出を職権で命ずるには相応の合理的理由がなければならないのであり、民事訴訟法三一二条各号は正にその場合を限定的に規定したものにほかならないのであって、原告主張のように一般的に提出義務を課するものではないのである。したがって、原告が主張するように、税務訴訟が課税年度での所得の存否を口頭弁論終結時までに提出された全資料に基づき判断されるという理由で原告の必要な限りにおいて審判段階での調査結果について公判廷に提出を命ずることができるというものではなく、もとより文書提出命令の対象にはならないのである。

ところで、本件文書は、被告の前記意見書において述べたとおり国税不服審判所長が原告の審査請求に際して、原処分の当否の審理資料として一方的に自己使用のために作成し、あるいは自ら調査収集したものであって、同条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とはいえないのである。

殊に本件のように審査段階で処分が維持された場合の資料は、原告の利益とならないことは自明である。

次に原告は、本件文書が内部資料にすぎないとするならば、報告文書たる性質を有する商業帳簿計算書等も所持者にとっては内部資料にすぎないこととなり、提出命令は外部に発表することを予定して作成した文書のみに限られることとなり、かかる主張は法三一一条及び三一二条の法意を誤まるものであると主張する。

その主張する趣旨は不明であるが、商法三五条と民事訴訟法三一二条の規定とはその根拠を異にし、前者にあっては、商取引の円滑正確を期することを目的とし、後者は訴訟誠実の義務と国家裁判権の確実を目的とする点に存し、両者を同一に論ずることはできないのである。

二 文書提出の必要性を欠く。

原告は国税不服審判所に保管されている「議決書つづり」の提出を求める理由として東京国税不服審判所の川合審査官の証言につき不明瞭な点があるためと主張する。

しかし、川合審査官の証言によれば、原告の売上げの明細が記録してあるという得意先販売台帳が提示されなかったため、実額による売上金額を計算できなかった旨を証言しているところであり、その審理の経緯は、原告が甲第一三号証ないし甲第一五号証として提出した国税不服審判所の審査裁決書によっても明らかである。しかも、右の得意先販売台帳は原告から甲第一八号証の一ないし一二として提出され、現在その記載内容の是非が争点となっているところである。

ところで、被告が昭和五二年一二月一三日付け意見書において述べたとおり、課税処分取消しの訴えにおいて課税処分がその内容(実体)において違法とされ、取り消される原因となるのは、課税庁が認定、計算した課税標準等又は税額等が実際の課税標準等又は正当な税額等を超えていること以外には存在し得ないのである。したがって、課税処分がその内容において適法であることについては、課税庁は自らの認定計算した課税標準等又は税額等が実際の課税標準等又は正当な税額等を超えていないことを主張、立証すれば足りるものである。してみれば、審査裁決時の認識判断は単なる歴史的事実であるにとどまるから、審査裁決時の資料は、本件更正処分の適否を判断するに当たって、不必要なものというべきである。

三 よって原告の本件申立ては理由がなく却下されるべきである。

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